共感とは?どういうこと?人間関係に疲れたときに考えたい本質

「共感って結局どういうこと?」
「共感に疲れた…」
共感力があるとかないとか…
共感したりされたり…
それって何なんだろう??と
と疲れてしまうこともあると思います。

今回は「共感」をテーマに
人間関係に疲れたときに考えたい本質
について一緒にみていきましょう!
共感・共感力とは


共感とは、一般的には他人の体験する感情を自分のもののように感じとることであり、他者理解の概念として知られている。
(引用:公益社団法人 日本看護科学学会)



共感は大きく以下のふたつに
分類できます!
認知的共感
相手の気持ちやどう感じているか?を想像し、理解すること。客観的な視点で相手の心を理解する。



大人になるにつれて、
様々な経験をすることによって
相手の感情が理解できるようになっていく感じがしますよね。
子どもの頃は理解できなかった感情ってあると思います。



例えば、
子どもが生まれたときの喜び、
大きな失敗をしたときの喪失感、
失礼な態度に対する怒り、
大切な人を失った悲しみ、
などなど…!



あと、もちろん個人差はあるんだけど
男女での感じ方の差もあると思うから
異性への共感って経験を重ねることで理解できる部分も多いのではないでしょうか。
情緒的共感
相手の感情に自分を投影して、同調し、悲しみや喜び、怒りなどの感情を一緒になって感じること。感情を身体で共有する。



シンプルに相手の表情や雰囲気からも
感情を感じ取ることがあります。



あくびがうつったり、
もらい泣きしたり…
特にHSPやエンパス傾向のある人は
共感力が高めで
自然と相手の感情の影響を受けやすいですよね。



直近で自分も同じような感情になる体験をしていたりすると
タイムリーで余計に共感してしまう…なんてことも!


対義語:反感、無関心、アンチ
相手の感情に対し反発する気持ちを持ったり、強い拒絶感を持つこと。また、相手の感情に対しまったく関心を持たなかったり、理解がないこと。
本の紹介:サイコパスから見た世界: 「共感能力が欠落した人」がこうして職場を地獄にする
20人に1人の割合で存在するサイコパス。
彼らはどんな特徴をもち、どのように組織を破滅させるのか?
どうしたら彼らを見分け、その有害な影響を排除できるのか?
脳科学や事例、ストーリーを通して理解する、その実像と対策。


共感しないといけないのか


共感ってすごく大事だと思います。
コミュニケーションを取るうえで、必要な場面も多いというか。
でも…
共感しないといけないわけではない
と思います。
なぜなら、
なんでも共感する=単なるイエスマン
とも言えると思うから。
そうです、単なるイエスマンになる必要はない!!
みんな違う人間なので、
それぞれ違う価値観を持っていて当然です。
だから、
共感できないときがあって当然。
共感できなくても自分を責める必要はないし
それで相手が不機嫌な態度をしてきたとしても
あなたは悪くないです。



ただ、
共感しないことは
否定的な態度をとることではない!
という点は要注意だと思います。


共感は全肯定ではない


共感的な姿勢・スタンスでいることは
人間関係にとってとてもプラスだと思うんです。
なぜなら、
共感してくれるって味方でいてくれる感じがするから
だと思っていて。
でもそう考えると、
味方だよって示す方法は『共感』だけではない!
とも思うんですよね。
そもそも共感って一言で言っても、
心からの深い共感もあれば
薄っぺらい上辺だけの共感もあると思うし。
それに同調したり肯定するだけだと
本当の意味での味方ではない
とも言えるのではないでしょうか?
本当に相手を想い、大切にするのなら
きっと時には耳の痛いことも言うでしょう。
<体験談>
中学生の同級生でとても仲良くしてくれる女の子がいました。
年頃の女子なので、
見た目、特に体重を気にする時期だったんです。
そんな時期に一緒にファミレスに行っていたときのこと。
もう時間が遅かったけれど
私がスイーツを食べるか迷っていたんです。
「食べたいけど、こんな時間だしどうしようかな…」
「もう辞めといた方が良いよ!
よくさ『いいじゃん、大丈夫、食べちゃいなよ~』とか言うけど
あれって本当の友達には言わないよね。」
確かに…!
別に相手を想わなければ、食べちゃいなよ~とか気軽に言っている…
でも、本当に大切な人なら「やめといたら」って言うよね。
それ良いね!と同調したり、
私も食べたいと思ってた~っていう共感は嬉しい。
でも、本音をぶつけてくれるのも
すごく有難いなと思うんです。
共感しなきゃ、全肯定しなきゃ、
と思う必要はないなと。



もちろん、、
関係性が土台にあるので
誰にでも本音をぶつけられるわけではない…!
だからこそ、
耳の痛いことも言ってくれる人、
そういう関係性をとても大事にしたいと思います。


共感って本来はすごくエネルギーを使う


自然と共感する「情緒的共感」であっても
相手の気持ちをすごく受け取るので疲れますし、
「認知的共感」で相手の気持ちを理解しようとするのだって
疲れる行為だと思います。
つまり、
共感にはエネルギーを要する!!
共感しないといけない空気は疲れて当然なんですね。
人間関係に疲れたときって
共感エネルギーが切れている
可能性もあるのかも。
表面的な共感をするのは比較的ラクかもしれないけれど
それってある意味、気を遣う関係性なのだと思うし。
深い関係性で、深い共感をするのも
すごくエネルギーを使います。
というのも、
本気で本質的に向き合うからこその”共感”だと思うからです。
例えば、会社でイチイチ誰にでも本気で向き合って
深い共感を示していたらめちゃくちゃ大変だと思いませんか?
大人になると誰も叱ってくれなくなる、
というのと本質的には同じだと思います。
大人になるにつれ、
様々なことに忙しくなっていくので
本気で向き合っている余裕がなくなり結果として
誰も本音を言ってくれなくなるんですね。
でも、それって
ちゃんと向き合ってくれる人がいない
とも言えると思うんです。
やっぱり本気で向き合うって
すごくエネルギー使うことだから面倒ですもんね…!
(誰しもエネルギーは有限なので…!)
つまり、、
薄っぺらい共感ではなく、
本当の心からの共感、理解しようしている共感って
いつでも誰にでもできるものではないのかもしれません。
相手を本当に大切に思っているし、
相手の可能性を信じているからこそ、
本音を言える(伝えようと思える)。
なので、
いま自分が向き合いたいと思っている人がいたり
自分自身に向き合ってくれていると感じる人がいるのなら
すごーく大事にするべき存在なのだと思います!!
とっても貴重な人です。



人間関係に疲れた…と感じるのは
共感や本気で向き合うことのエネルギーが枯渇している
という可能性もあると思います。



最近の身の回りのコミュニケーションで
”共感”という視点から考えてみると
どこにエネルギーをたくさん使ったのか?
気付きがあるかもしれませんね!
本の紹介:共感革命: 社交する人類の進化と未来
「認知革命の前に起きた「共感革命」とは? 共感が世界を作り、そして今、世界を破壊しようとしている。人類史の知られざる革命。


まとめ:自分の本当の想いを大切にする


人間関係に疲れたな…
と思うことって珍しくないと思います。
その原因のひとつとして『共感』があるのかも。
共感することはすごくエネルギーを使うことなので
もし、共感しないといけない空気があったり
共感するタイミングが多かったとしたら
それは疲れて当然…!!
そんなときは、
自分の本当の気持ちはなんだろう?と
ご自身の想いを大切にしてあげて欲しいと思います。
人それぞれ価値観が違うので
誰かと一緒じゃなくても大丈夫~



疲れたな…ってときに
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